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	<title>transiency ～ ほんの、つかのま。</title>
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	<description>アジアの旅と写真のサイト。マレーシア、タイ、インドネシアの旅行記。東京をテーマにしたフォトエッセイ。</description>
	<pubDate>Sat, 03 May 2008 16:54:31 +0900</pubDate>
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		<title>行ってきます／ペナン島(1)</title>
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		<pubDate>Mon, 04 Aug 2003 23:42:09 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>マレーシア編</category>

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		<description><![CDATA[　マレーシアに再入国して嬉しいのは、初見でも凡その意味が取れるマレー語の看板だった。３週間ほど前に食べていた馴染深いメニューの文字を見て、それだけで心が浮き立つ気分だった。
　午前11時にクラビを発っ...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　マレーシアに再入国して嬉しいのは、初見でも凡その意味が取れるマレー語の看板だった。３週間ほど前に食べていた馴染深いメニューの文字を見て、それだけで心が浮き立つ気分だった。

　午前11時にクラビを発ったミニバスは、ハジャイを経由し、国境を越え、９時間かけてペナン島ジョージタウンに到着した。ここでまたプラス１時間の時差があった。マレーシア時間21時。むせるような熱帯の夜気に、わずかな海の涼しさが混ざっている。

　バスを降り、最初に通りの名前を尋ねた。路線バスを待っていたらしいインド系の青年は、破裂音の強いマレー語でぶっきらぼうにこう答えた。ルボ・チュリア。

「ホテルならたくさんあるぜ。ここにも、あの角を曲がったとこにも」

　彼があごで示した先には「セブン・イレブン」があった。その角を曲がればいいのかと思った。

　「どうも」そう告げて立ち去ろうとしたぼくに、いきなり彼は右手を出して握手を求めてきた。顔に満面の笑みを浮かべて。さっきまでのそっけない態度と、この友好的な態度の落差はなんだろう。

　ブロンクスあたりで交わされるような、ちょっと下卑たやり方でぼくは応じた。差し出された手のひらに勢いよく自分の手のひらをぶつけ、そのまま握りこぶしに変えて相手の胸にまっすぐ当てた。

「ところで、お前が話してるのはインドネシア語みたいだな。どっから来たんだ？」

「日本」

「へえ、スマトラの人間かと思ったよ」

　教わった通りにセブン・イレブンの横の角を曲がった。途中「Love Lane Inn」という小奇麗なゲストハウスがあった。ドミトリー、８リンギット（≒256円）。そう書かれていた。

　レセプションに立ち寄り、部屋が空いているかを訊ねた。「もし空いてたら見せてもらえないだろうか。それから、共同バスとトイレも」そう宿の主人に丁寧に告げた。宿を決めるときはいつだってこうだった。判断を他人任せにしたくない。ただそれだけのこと。けれど、くわえ煙草の中年の男は唇のすみを曲げ、見下したような顔つきで一気にこう捲くし立てた。

「とにかく清潔にしてあるから泊まれよ、いますぐチェックインしたらどうだ。お前はいったい何がそんなに気に入らない？」

「決めるのはこっちだよ、あんたじゃない」ぼくは負けずに返した。

「こんな安くてキレイな部屋はないぜ。さっさと決めてシャワーでも浴びろよ」

「まず部屋を見せてくれって、そう言ってるんだ。ぼくの言ってることが分からないのか？」

　男は煙草のけむりを口の隅から細く吐き出し、品定めをするようにぼくの顔を見据えて言った。

「だったら向かいのきたねえゲストハウスに行きな。７リンギットだ。いますぐ出ていけ」

　腹立たしさも憤りもなかった。ただ、主人のそんな態度に虚しさを覚えた。ぼくはわざと笑顔を見せて失礼を詫び、言われた通り向かいのゲストハウスに向かった。あんたの言う、きたねえゲストハウスに。

　「環海旅社（Wan Hai Hotel）」と書かれた宿は、確かに、お世辞にも綺麗とは言えなかった。けれど、それはイコール不潔ということではなく、ただ単に建物自体が古いだけだった。それもそのはずだ。もう１００年以上も前に建てられたという。これだけの年月を耐えてきた事実に、かえって安らぎさえ覚えた。

 [1]

　宿は老夫婦がのんびりと経営しており、その眼差しの柔らかさと声のぬくもりは、そのまま宿の居心地の良さを示していた。

　ドミトリーを案内され、屋上に設えられた共同バスとトイレを教わり、蛍光灯のスイッチの場所からチェックアウトの時間、宿の門限（深夜０時半に入口は閉まる）、朝食はトーストを用意してあるから朝１１時までに声を掛けてほしいこと、冷蔵庫は好きに使っていいこと（ビールを買って冷やしておける）、ベッドマットは１枚で足りるか、必要なものがあったら何でも言ってほしいなどなど、些細な、ありとあらゆることにまで、婦人は丁寧に慈しむように教えてくれた。まるで久しぶりに孫が遊びに来たかのように。

　チェックインを済ませた後、婦人が笑顔でぼくに言ったのは、こんな言葉だった。

「さあさあ、何よりもまずごはん食べてらっしゃい。この道をね、まっすぐ行って左側に安くて美味しい屋台がいっぱい並んでるから」

　そのまま、よしよしと頭を撫でられてしまいそうなほどだった。

　ぼくは素直に頷いて、婦人に元気よく日本語でこう答えた。「行ってきます」

[1] http://www.transiency.com/images/31pl.jpg]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>最後の夜／クラビ(3)</title>
		<link>http://www.transiency.com/45</link>
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		<pubDate>Sun, 03 Aug 2003 22:53:19 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　窓の外は土砂降りで、漏れ来る光にも暗い湿り気が混ざっていた。クラビ、４日目の朝。結局、ほとんど何もせずこの町に停滞していた。
　クラビに何があるかと訊かれたら、いったい、ぼくには何と答えられただろう...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　窓の外は土砂降りで、漏れ来る光にも暗い湿り気が混ざっていた。クラビ、４日目の朝。結局、ほとんど何もせずこの町に停滞していた。

　クラビに何があるかと訊かれたら、いったい、ぼくには何と答えられただろう。美しい白砂のビーチ、岩を穿った仏教寺院。幽谷に落ちる静謐な滝や、奇怪な岩礁の群れ。沖に出れば宝石のような島々が連なり、シュノーケリングのポイントにも事欠かない。

　けれど今、そのどれもがぼくには縁遠いものだった。遠くを思うほど、気持ちは心の内をさまよった。螺旋状のわだかまりの真下でじっと息を潜めるしかなかった。

　一日中部屋に閉じこもり、窓ガラスを伝う雨の模様を眺め、ベッドに横になっては本のページをめくった。気分転換にと日に何度もシャワーを浴び、生乾きのシャツを恨めしげに広げ、読む本がなくなると日本人女性の経営する食堂『さくら』まで返しに行った。そこでまた20バーツ（≒64円）のバナナシェイクを飲み、新たな本の１ページを。

　サガンを１冊、宮本輝を２冊、伊集院静を３冊、既に読み終えていた。選んだ作家に偏りがあるのは、この食堂兼貸し本屋の蔵書では仕方のないことだった。

　そんな状態だったから、『さくら』のオーナーにさえ「このお兄ちゃん何しにクラビに来てはるか分からへんな」と笑われた。ぼくも笑いながら「読書の夏」と答え、ストローを噛みながら再び読みかけの一行に視線を戻した。

＊

　泊まっていたゲストハウスは奇妙な空間で、１階が美容室になっていた。２階の客室に戻る際には、髪を結う客の後ろをこそこそと通らなければならなかった。鏡越しに、店主や客からよく声を掛けられた。「元気？　どこ行ってたの？　本屋さん？」そんな言葉に笑顔で応えながら、ふと、自分が親戚の子にでもなったような気分になった。

　美容室の入口には簡素なテーブルが置かれ、順番を待つ客や近所の老人たちがコーヒーや紅茶を飲みに訪れた。テーブルの一角は長距離バスの代理デスクになっていて、ひがな一日、実直そうな老人がのんびりと寛いでいた。

　老人にペナン島までのチケットを頼むと、550バーツ（≒1,760円）と表記されたものを、何も言わずに420バーツ（≒1,344円）まで下げてくれた。理由は分からなかった。けれど、老人は慈しむように何度も頷き、満足そうにゆっくりと目を細めた。ぼくにできるのは、その厚意を受け止めることだけだった。

　この出来事を『さくら』のオーナーに話すと、「えっらいやっすいな」と本気で驚かれた。普通、どんなに頑張って値切っても、500バーツ（≒1,600円）が最低ラインなのだという。現に「さくら」でアレンジした場合は550バーツだった。もちろん、それとてべらぼうに高いわけではなかった。

＊

　夕暮れを過ぎても、雨は一向に降り止まなかった。しばらく美容室の前のテーブルで空と睨み合ったが、いくら待っても埒が明かなかった。意を決して歩き出そうとすると、チケットを切ってくれた老人が微笑みながら傘を差し出してくれた。それは老人の傘であって、自宅へ戻るのに必要なものだった。

　戸惑いながらも傘を受け取り、「すぐ戻ってきます」と英語で伝えてナイト・マーケットへ急いだ。この町に来て以来、このマーケットに立ち寄らない日はなかったから、軒を連ねた屋台のいくつかにはすっかり顔なじみも出来ていた。

　串焼き屋で、いつものように４本の串（鶏、腸詰、魚のすり身、衣で包んだうずらの玉子）を買い、また別の屋台でドライカレーの弁当を買った。しめて30バーツ（≒96円）という安さだった。

　帰りがけにスーパーに立ち寄ってチャーン・ビールを１本だけ買い、宿のテーブルで雨を見ながら食べた。老人に傘を返すと、また小さく首を横に振り、「明日、ピックアップのバンが来るからね」と笑顔で言った。飄々と去っていく老人の背中をしばらく見つめていたら、ふと、涙がこぼれそうになった。

　雨垂れに耳を澄まし、点りはじめた町のあかりを見つめた。今日でタイは最後なのだと思った。明日はもうマレーシアだ。そして、インドネシアが待っている。最後の夜には、きっと、こんな土砂降りが相応しいのだろう。

＊

　借りていた本を返しに、再び『さくら』へ向かった。せっかくだからとビールを注文し、途中になっていた本をここで読みきろうとページを繰った。片隅に置かれたテレビでは２時間遅れのＮＨＫニュースが流れ、４日前にバンコクで起きた脱北者による日本大使館駆け込み事件が、この日もトップニュース扱いで報じられていた。

　海外渡航者向けに編集されているらしく、番組は時折、英語のみのニュースになった。その音声をＢＧＭにしながらビールを飲み、もう何度となく読み返したはずの小説の文字を追った。

　文章に集中しているはずだったが、ふとテレビの音に耳を奪われた。いったい何の番組だったかは分からない。テレビからは BEGIN が歌う『島人ぬ宝』という歌が流れていた。

　三線の甘い音色に乗せて、彼らは変わってしまう沖縄を歌っていた。テレビでは映せない、ラジオでも流せない、大切なものがきっとここにある。それが島人ぬ宝だ、と。

　不意に、テレビの映像が水あめのようにぐにゃりと歪んだ。両目に涙が溢れていた。理由なんて分からない。けれど、それは今ぼくの内側を揺さぶるのには充分だった。彼らの言葉や、三線の音色が、ぼくの弱さや未熟さを鷲掴みにした。

　旅に出て、初めて涙をこぼした。泣くことすら、ぼくは忘れていたのかもしれない。

　彼らの歌が終わったあとでも、しばらく身体の震えが止まらなかった。どうしてだろう。どうして、ぼくは泣いているのだろう。残っていたビールをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。小さくため息をつくと、少しだけ気分が楽になったような気がした。

　ふと、日本語なのだと思った。どう転んでも、ぼくの身体を流れているのは日本語でしかなかった。]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>藍を奪いに／クラビ(2)</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Aug 2003 23:01:05 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　６日ぶりに雨が降った。カーテンコールの喝采にも似た、狂おしいほどの雨。
　その時間ちょうど部屋にいて、伊集院静の『乳房』を読んでいた。あかり採りの窓から零れる光が急に萎え、空の青が瞬く間に深縹色へと...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　６日ぶりに雨が降った。カーテンコールの喝采にも似た、狂おしいほどの雨。

　その時間ちょうど部屋にいて、伊集院静の『乳房』を読んでいた。あかり採りの窓から零れる光が急に萎え、空の青が瞬く間に深縹色へと変わった。小説の文字が暗い影に紛れ込んでいった。雨粒が落ちてくるまでに、そう時間はかからなかった。

　隣家のトタン屋根を叩く雨音までが、いつまでも鳴り止まない観客の手拍子に聴こえた。下ろされた幕が再び上がるのはきっと時間の問題だろう。華やかな衣装をまとった役者たちがステージに現れ、手渡された花束を高々と掲げる。二言三言ささいな挨拶をし、少しのステップを踏んだり、小さな笑いを取ったりしながら、観客の思いに応えている。舞台がはねた後の、あの時間。喝采という名の、雨粒の音。

　そんな莫迦げた空想をしながら、読みかけの小説を閉じて耳を澄ませた。雨はぼくの内側にも降りこめ、様々な想いのつまった記憶の引き出しを濡らしていく。雨が、ぼくを叩く。その先でひとつ、またひとつ言葉が生まれる。

 [1]


　雨が去ったのは、夕暮れも間近の時分だった。おかげで食事に出かけることもままならずにいた。そろそろ、ナイト・マーケットが立ち始める頃だ。サンダルをつっかけ、テーブルにばらまいてあった紙幣や硬貨をポケットにねじ込み、濡れて消炭色になったアスファルトの舗道を進んだ。

　郵便局の前の坂を下り、馴染みになったベーカリーや洋書店を通り過ぎ、ほんの少しだけ胸を張って、夕暮れの町を歩いた。クラビという、何もかもがごちゃ混ぜになったこの町並みが好きになり始めていた。

　西の空が赤く燃えている。唯一のショッピングモール「Vogue」の影に隠れるようにして、太陽が今日の務めを終えようとしている。空にはまだ水気をたっぷりと含んだ切れ切れの雲がたなびいていた。手にとって握りしめたら、そのまま夕焼けの光が滴り落ちて来そうなほどの。

　旅に出て、もう何度夕陽を見つめただろう。落日に託すようにして、何度、胸のつかえを沈めてきただろう。そこに教訓めいたものはなかった。浄化さえなかった。来し方を嘆き、行く末を憂う、そんな抜け道のない自己愛に安穏する己の弱さがあっただけだ。

　もう一度、ほんの少しだけ胸を張った。そして、夕焼けが徐々に夜の闇に侵食されていく、そのぎりぎりの光の色を見つめた。夕焼けの色とも夜の色とも違う、あの一瞬の光の帯を。そうだ、そうだった。ふと湧き上がるように心を埋め尽くしたのは、あの冬の日、陽子から贈られたひとつの句だった。

「紫陽花の　藍を奪いに　闇迫り来る」

　陽子、とぼくは思った。ほとんどその場で泣き崩れてしまいそうなほどに。

　あの冬、ぼくらは共に２１歳だった。同じ学部で文章を学び、互いの習作を批評しあい、時に励まし、最後は決まって二人で酔いつぶれていた。あの、透明な時間。あれからぼくは大学で一人の友人も作ろうとは思わなかった。陽子だけでもう充分だとさえ思っていた。だから、どんなことがあっても陽子を救わなければならなかった。

　忘れない。５月５日を。自らの命を絶ってしまった、あの初夏のよく晴れた日を。

　ぼくはもう２８歳になっていた。そして、陽子は永遠に２１歳のままだ。

　夕焼けを背にして東の空を見上げた。「紫陽花の　藍を奪いに　闇迫り来る」その言葉の指し示すものを、ぼくはやっと自分のものにできた気がした。空には、三日月とも半月とも違う今夜限りの月が輝いていた。

　強く。

[1] http://www.transiency.com/images/30pl.jpg]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>はじまりはいつも／クラビ(1)</title>
		<link>http://www.transiency.com/43</link>
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		<pubDate>Fri, 01 Aug 2003 18:33:07 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　ゲストハウスの隣りに、日本人女性の経営する小さなネットカフェがあった。カフェ・タワン。「TAWAN」はタイ語で太陽を意味すると聞いた。声に出してみると、それはとてもやさしい響きだった。
　予定も目的...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　ゲストハウスの隣りに、日本人女性の経営する小さなネットカフェがあった。カフェ・タワン。「TAWAN」はタイ語で太陽を意味すると聞いた。声に出してみると、それはとてもやさしい響きだった。

　予定も目的もなく、クラビという町についての情報すら持たないぼくに、経営者の女性はいつも親切に、そしていつも少しはにかみながら、名所やマーケットの立つ場所、ローカルバスの乗り方などを教えてくれた。在住５年目ということだったが、無理に何かを押し付けたり、わけ知り顔で接するということは一度もなかった。そんな照れや控えめな仕草が素敵だと思った。

「息子の幼稚園へのお迎えのついでに」

　そう言って、彼女はぼくを「Tigar Cave Temple」というタイ仏教の聖地まで車で連れていってくれた。観光というものになかなか食指の動かないぼくを、彼女は少しからかってみたかったのかもしれない。

「タイラくん、帰りは自力でがんばって戻ってきてね、だなんて、ちょっと私もヒドイかな？」

　彼女は笑いながらぼくに言った。そんな言い方が好きだと思った。そんな言い方のほうが、ずっと優しくて居心地がいい。甘えすぎてしまえば先が辛い。きっと、彼女はその痛みを知っていたのだろう。

　きちんと礼を述べ、少し迷いながら、ぼくはこう彼女に告げてから寺院の門をくぐった。

「ちゃんと戻ってきたらご褒美くださいね」

「いいわよ、あめ玉でいい？」

　厳粛な空気がぴんと張りつめた中で、彼女の楽しそうな笑い声が響いた。なんて気持ちのいい笑い方をするのだろう。そう思った。

 [1]

　たっぷり１時間ほどかけて、仏像や僧房や展示室や、さまざまな「いわれ」を持つポイントをぐるりとめぐり、数枚の景色をカメラに収めた。ひと通り見てしまった後で、思わずこぼれたのはため息だった。やはり熱心な観光客にはなれない。観光は、ぼくには向かない気がする。そう思いながらもう一度ため息をつくと、今度は笑いが込み上げてきた。どうしようもない。お前は観光客にすらなれないじゃないか、と。

　敷地内の木陰に腰を下ろし、フランソワーズ・サガンの『悲しみよ　こんにちは』を読みふけった。読み返すのは高校生のとき以来だった。焦げつくような熱帯の空の下で、５０年も前に書かれた小説のページを繰っていることに不思議な胸の震えがあった。こんな瞬間のほうが、旅の中にいる自分を見つけられるような気がした。

　小説は、こんな言葉で始まっている。

“ものうさと甘さがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。”　（フランソワーズ・サガン／朝吹登水子＝訳）

　サガンの文章は美しく、そして切なく儚い。一瞬をつなぎとめるために、いや、もう戻ることのない今のために、彼女の言葉は綴られていく。まるで、思い出に変わってしまうのを拒むみたいに。

　思わず心の中でこう叫んでいた。旅だ、と。

[1] http://www.transiency.com/images/29pl.jpg]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>火を抱かず行け／ピピ島(6)</title>
		<link>http://www.transiency.com/42</link>
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		<pubDate>Thu, 31 Jul 2003 17:51:12 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　島を離れるボートは、午後１時３０分に出航した。チケットは通常２００バーツだったが、マッサージ屋のオーナー夫人の計らいで１５０バーツで手に入れていた。「良い思い出を作ってもらいたかったから」チケットを...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　島を離れるボートは、午後１時３０分に出航した。チケットは通常２００バーツだったが、マッサージ屋のオーナー夫人の計らいで１５０バーツで手に入れていた。「良い思い出を作ってもらいたかったから」チケットを手渡しながら、彼女は包み込むような声でぼくに言った。

　彼女たちと過ごした３日間を、まだ振り返ることはできなかった。親切でおせっかいで人懐こくて、いつも陽気な笑顔を見せ、時に気まぐれで寂しがり屋で、本当に猫みたいな女たちのことを。

　夫と別れ、ハジャイという町から単身でこの島にやってきた女。マレーシア人と結婚したものの、すぐに韓国人の邸へ住み込みで働きに行かされ、結局何もかもを捨てて逃げてきた女。恋に破れ、傷心のままソンクラーから来ている女。彼女はぼくにウインクをしながら言った。「きっと今ごろ、私は行方不明になってるわ」

 [1]

　だれもが皆、それぞれに何かを抱え、この島で身を寄せ合うように暮らしていた。決して楽な暮らしではない。にもかかわらず、ただの旅行者に過ぎないぼくに対して、色々と世話を焼いてくれた。

　何度、店のまかないをご馳走してもらっただろう。海へ向かうぼくの背中に、何度、売り物のアロマオイルを塗ってくれただろう。いったい何本のビールをともに空け、道端にしゃがんで夜遅くまで笑いあっただろう。マッサージと称して店先のベッドにぼくを寝かせ、そのまま添い寝をしてしまう無邪気な女たち。熱帯の陽射しのもとで「寒い寒い」と冗談を言っては、すぐに抱きついてくる女たち。

　そんな女たちの温もりに、正直、辟易することもあった。けれど結局はいつも、彼女たちの振る舞いに苦笑いを浮かべ、差し出される気持ちの熱に甘えていた。そんなに親切で優しすぎるから幸せになれないんだよ。そんなに無邪気でお人好しだから哀しい目に遭うんだよ。部屋に戻り、ひとり大きなベッドに寝転がっていると、いつもそんな思いが頭をかすめていった。

　滑らかに海を行くボートの甲板に立ち、遠ざかる島の姿を見つめた。あの島にあったのは、悲しみの先に見える、温もりという名の笑顔だった。人の肌の温度と、まっすぐな瞳がもたらす暖かな気持ち。けれどその熱を、ぼくは一度だってしっかり受け止めることができなかった。一度だって、正面からきちんと抱きとめることができなかった。

　旅について思いをめぐらせるのは、いつもこんな瞬間だ。この旅が、いったいどこへ向かおうとしているのか、ぼくには分からない。旅を人生に喩えることはたやすいことだ。けれど、人生というものすら分からない人間にとって、旅について語ることなど。

　島を離れる時、最後に彼女たちに会って出発を告げようと思った。けれど、彼女たちは決してぼくと目を合わせようとはせず、うつむきながら、次々に店の奥に引っ込んでいってしまった。

　何度か声を掛けた。けれど、とうとう彼女たちは出てこなかった。出航の時刻が迫っていた。このまま島を離れていくことに躊躇いがあった。何かを伝えなければならない。今ここで言わなければ、永遠に失われてしまう。そんな予感に似た思いが、ぼくの内側で渦を巻いた。

　ありがとう。口を突いて出たのは、そんな言葉だった。ありがとう。ぼくは小さな声で、店の奥の暗がりに向かって言った。ありがとう、と。

　心の中には、確かに別れの言葉があった。その言葉を、ぼくはぐっと胸の奥にしまって歩き出した。さよならは言わない。さよならなんて言葉にできない。ぼくは、彼女たちの温もりを抱きとめることができなかったのだから。

　火を抱かず行け。ふと、そんな言葉が浮かんだ。目を閉じると、そこには彼女たちの陽気な笑顔があった。

[1] http://www.transiency.com/images/28pl.jpg]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>空へ続く／ピピ島(5)</title>
		<link>http://www.transiency.com/41</link>
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		<pubDate>Wed, 30 Jul 2003 21:04:24 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　翡翠色に輝く海。朝の陽射しが、水面に光のドレープを描いている。
　柔らかな砂底を蹴って、光の中で何度もストロークを繰り返した。身体の輪郭が曖昧になり、呼吸のたびに何かが身体から抜け落ちていく。やがて...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　翡翠色に輝く海。朝の陽射しが、水面に光のドレープを描いている。

　柔らかな砂底を蹴って、光の中で何度もストロークを繰り返した。身体の輪郭が曖昧になり、呼吸のたびに何かが身体から抜け落ちていく。やがて、意識は海の中へ。一瞬の忘我。

　泳ぐという行為には、いつも不思議な感情が付き纏った。根源を揺さぶる回帰の念のような。いつの日か白い灰になって、ぼくらもまた海へ帰る時が来るのだろう。その瞬間を迎えるための準備を、こうして今、ひとり繰り返していた。

　太陽の脚がすっかり海面から離れてしまうまで泳ぎ続けた。泳ぎ足りて陸に上がると、皮膚のあちこちから潮の香りが立った。心地良い疲労と空腹感が身体を満たし、その気だるさの中で、安堵のため息をひとつ。持参したミネラル・ウォーターで喉を潤して、もう一度、太陽を内に抱く海の姿を眺めた。

　それは、長く不確かな一瞬の連なりだった。

＊

　ゲストハウスに戻る途中、マッサージ屋の女たちが揃ってぼくの名を呼んだ。きっと、用事なんて何ひとつない。ぼくをかまって遊びたいだけなのだ。

　仕方なく近付くと、それ来たとばかりに両腕を引っ張り、無理やりにぼくを座らせた。それから、女たちはぴったりと身体を寄せて次々と頬にキスをした。ぼくの、このくせっ毛の髪を愛しそうに撫でまわし、頼みもしないマッサージを手にひらに施した。くすぐられて身をよじると、女たちは子供のようにはしゃいで、何度も何度もぼくの身体を触った。

　昼の盛りの島には、出歩く人の姿さえなかった。マッサージ屋は開店休業中で、ぼくはまさに暇つぶし要員だった。

「マッサージしてあげるわよ」「そうね、お金はいらないわ。これ、特別よ」

　女たちにそんなことを言われ、連行されるようにベッドに横になると、二人が両脇から強引にぼくの腕を広げて押さえつけた。抵抗する間もなく、女たちはごろりと横になってぼくの腕に頭を乗せ、これでもかというぐらいに両足を絡めた。じゃれあうにもほどがある。これじゃまるで人間抱き枕じゃないか。

　苦笑いを浮かべ、女たちにも聴こえるようにため息をついた。でも、ぼくに出来るのはそこまでだ。こういう扱いにすっかり慣れっこになっていたし、可愛いがられている、という奇妙な居心地の悪さも、もうあまり気にならなくなっていた。

　どれだけ相手をしても終わりはなかったから、ぼくは適当にその「おもてなし」を切り上げ、部屋に戻ってゆっくりとシャワーを浴びた。この島の水には海のにおいが混ざっていて、水そのものにも、わずかな硬さがあった。

　石鹸は上手に泡立たず、シャンプーは白い塊になって髪に絡んだ。汚れを洗い流しているのか、固まったシャンプーを取り除いているのか分からなかった。それでも、勢いよく噴き出すシャワーの音が好きだった。水の音が、聴覚をぼくの耳から奪っていく。生存を確認する儀式のような、そんな密やかさに耽った。

　部屋のカーテンを閉めて、しばらく午睡をした。火照った肌の熱さえ今は心地良かった。天井で緩慢に回るファンの羽音を聴きながら目を閉じた。いつもそうするように、両手両足を投げ出して、このまま深い海の底にゆっくりと沈んでいくさまをイメージした。眠りが、淡い光源となってぼくを包む。

＊

　喉の渇きに目を覚ますと、カーテンの隙間から昼間の陽射しが細く差していた。いったい、どのくらい眠っていたのだろう。この島に来てからというもの、時間を気にすることがなかった。一日の移り変わりに寄り添っていれば、それだけでよかった。

　サンダルに短パンだけの格好で表に出た。肌はすっかりと日に灼け、面白いほどつるりと光っていた。マッサージ屋の女たちに声を掛け、ビューポイントまでの道のりを確認した。頑張れば20分、遅くても40分あれば着けるという。だったら30分なのだろうと思ったが、それは敢えて口にしなかった。

　延々と続く山道を歩いた。軽いトレッキングと言ってもいいかもしれない。傾きかけた陽射しは木立の下までは届かず、柔らかく湿った土の匂いがあたりをそっと包んでいた。ここは海と山をつなぐ道なのだと、そう思うと、畏れにも似た感情が心のうちに生まれた。

　鳥の鳴き声や虫たちの声が、雨のように天から降り注ぐ。目に付いた切り株に腰掛け、そっと目を閉じて息を吐いた。自分の鼓動の音がすぐそばにあった。

　頂上には小さな雑貨屋とトイレが設けられ、切り立った崖の手前には、剥き出しの岩がごろごろと転がっていた。雑貨屋でチョコレートのアイスバーを買い、岩に腰掛けて齧りながら、眼下に広がる砂州の町と、その先の海の果てを眺めた。木立を揺らす風がぼくの肌をも掠め、反対側の空へ流れていく。刷毛で引いたような雲が、空の高いところで躊躇っている。

　この場所からの夕陽を眺めようと、他の旅行者たちも徐々に集まってきていた。彼らの何人かと言葉を交わし、これまでの旅のことや、次の行き先のことを話した。「帰国は、あと２ヶ月後。バリ島から」そう答えると、フィンランドから来ていた女性は楽しそうに笑った。「うらやましい。これからまだ、たくさん夕陽を見られるのね」

 [1]

　アンダマン海に沈む夕陽は、これまで見たどの夕陽よりも力強いものだった。圧倒的な光が海を射抜き、水面にくっきりと琥珀色の街道を描いた。空へ続くこの道を辿れば、きっと、あの水平線の果てまで歩いて行ける。そんな空想すら現実になってしまいそうなほど、目の前の夕陽は絶対で、揺るぎないものだった。

　眩しさに目を細め、それでもまだ眩しすぎて、サングラス越しに夕陽を見つめた。光の粒は次々と色を変え、幾重にも重なりながら飛び散っていった。

　この光を、きっと忘れることはないだろうと思った。

[1] http://www.transiency.com/images/27pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>青と碧／ピピ島(4)</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Jul 2003 16:03:20 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　ピピ島、天気晴れ。昨日とは打って変わり、抜けるような青空が広がっている。朝９時に目覚め、そのまま朝食も摂らずに海へ向かった。
　水はどこまでも澄み渡り、目の前で、銀色の鱗をした小魚の群れが弾けていっ...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　ピピ島、天気晴れ。昨日とは打って変わり、抜けるような青空が広がっている。朝９時に目覚め、そのまま朝食も摂らずに海へ向かった。

　水はどこまでも澄み渡り、目の前で、銀色の鱗をした小魚の群れが弾けていった。裸足に触れる砂底の柔らかさが心地良かった。波の揺りかごに身をゆだね、両手を遠くへ伸ばすようにして水を掻いた。

　沖へ出て仰向けに浮かぶと、目の前には澄んだ空と圧倒的な太陽があった。耳まで海に浸かり、そんな空を眺めた。手が届きそうなほどすべてが目の前にあり、まぶたを狭めると、その向こうにあるものまでが見える気がした。

 [1]

　白砂のビーチには砂遊びをする家族連れの姿や、椰子の木陰に寝そべって読書を楽しむ旅行者の姿があった。時間はガラスの管を伝う砂粒のようにゆったりと流れていった。打ち寄せる波の音を聴きながら、忘れていた手触りを探すように、じっと海の姿を見ていた。

　太陽が南中に近くなると、沖の方が深い碧色の光を放った。そんな海の美しさに言葉を失い、時を忘れ、誰かにこの目の前の情景を伝えたいと思った。すぐそばで、ぼくの隣りで。

　語らう相手もなく、この瞬間を共有する相手も、言葉もなかった。灼けつくような孤独だけが、ぼくの手のなかで膝を抱えていた。

　すべてがブーメランのように心の内側にはねかえってくる。そんな痛みをどうすることもできずに、ただ、今という瞬間だけを受け止めようと努めた。砂浜にたたずみ、天と地のあいだに存在するあらゆるものに思いをめぐらせながら。今日という日はいつでも一度きりだ。いつだって、それは。

　どこへ行こうと、どれだけ遠くへ離れようと、悲しみが癒えることはないのだろう。それは解っていたことだった。悲しみを悲しみとして受け止められるだけの強さを持ちたい。そう願った。

　沖に、小さなボートが浮かんでいた。砂浜から、ざっと１００メートルほどの距離があった。あのボートまで泳いでみよう。そんな単純な思いで海へ入った。何かを振り払うようにクロールのストロークを繰り返した。

[1] http://www.transiency.com/images/26pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>猫と女たち 後／ピピ島(3)</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Jul 2003 22:02:26 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　先が思いやられるとは、きっとこういう状況を言うのだろう。文字通り「先が思いやられる」と激しく思った。女たちは屈託のない笑顔で、きゃあきゃあ笑いながらセクシーポーズを決めている。まるで峰不二子の２０年...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　先が思いやられるとは、きっとこういう状況を言うのだろう。文字通り「先が思いやられる」と激しく思った。女たちは屈託のない笑顔で、きゃあきゃあ笑いながらセクシーポーズを決めている。まるで峰不二子の２０年後を見せられているような気分だ。それも実写で。三人も。

　困ったことになった。落ち着け。なんだこの冗談みたいな展開は。現況があまりに可笑しすぎて、ぼくはもう力無い笑いを返すことしか出来なかった。

　シャワーは諦め、ひとまず腹ごしらえをしようと思い直した。いや、この状況を打開するには、とにかくこの部屋から出ること以外にない。本当は、特別お腹が減っているわけでもなかったが、彼女たちに手近な食堂の場所を訊ねた。

「えー、シャワー浴びないの？　どうして？　気にしないで浴びればいいのに、ねえ？」「そうそう、恥かしがってちゃダメよね。脱がせちゃおうかしら？」「あのコ、照れちゃってるのよ。かわいいわ」

　聞こえないフリを決め込み、どうにか彼女たちを部屋から追い出すと、慌てて鍵を閉めた。彼女たちは妙に拗ね、ふてくされ、不満げな顔を見せたが、なんとかマッサージ屋の三軒となりにある食堂に案内してもらうことが出来た。もちろん、先に入っていったのは彼女たちだった。

　奥から出てきたのは、やはり同じような年回りのお茶目な女店主（いきなり「アイ・ラブ・ユー」とのたまった）だった。もう笑うしかない。なんだか底無し沼に足を踏み入れたような気分だ。

　壁際のテーブルの隅に座らされ、挽き肉とバジルの炒め物とライスを頼み（いや、これがオススメだからと勝手に注文された）、シンハビールを飲みながら料理を待った。食堂のテレビにはタイ版「アタックナンバーワン」とでも表現できそうな、奇妙なスポ根バレーボールドラマが流れていた。何もかもが漫画みたいだ。もう、どうにでもなれ。

　さっそく運ばれてきたビールを一息に飲み、ほっと息をついた。そんなぼくの姿を、困ったことに、女たちは愛しそうに見つめている。ここで負けてはいけない。どうにか自分のペースを保たなくては。

　わざと目を閉じ、ビールに満足しているような顔をしてうつむいた。いち、に、さんと数えた後でふたたび目を開けると、その表情に、どうやら彼女たちは「親切なおもてなし」の答えを見つけたようだった。ニコニコと笑い合うと「じゃ、そろそろ戻る？」「そうねそうね、仕事しなきゃね」「忘れてたわ、あははは」と言い、実にあっさりとマッサージ屋へ戻っていってくれた。宿の目の前の、あのマッサージ屋へ。別れ際、彼女たち３人からそれぞれ熱烈な投げキスを頂戴して。

　やっと一人になれた。途端に、想像以上の疲労感が大波のように打ち寄せた。打ちのめした、と言ってもいいかもしれない。思わずテーブルに突っ伏し、声にならないうめき声を上げた。身体の芯から生気をすっかり奪われてしまったようだった。困ったことになった。もう、笑って済ますしかない。

　料理が運ばれ、とにかく胃に収めようと思った。きちんと食べ、きちんと休み、それからシャワーを浴びよう。浴びたっていいじゃないか、そうだ、前向きに行こう、前向きにいこうじゃないか、と。

　なんとか自分を励まし、運ばれた料理の匂いをかいだ。香ばしいナンプラーの匂いが鼻をついた。大して期待はしていなかったが、オススメの言葉の通り、バジル炒めはびっくりするほど美味しかった。本当に美味しい。ライスと混ぜながら食べると、それだけで自然に笑顔になる。この調子だ。とにかく自分のペースを取り戻さなくては。

　けれど、事はそう簡単には運ばなかった。無邪気な女たちの次にぼくを取り囲んだのは、これまた無邪気な猫たちだった。ニャーゴニャーゴとテーブルの周りに集まっては、もの欲しそうな目でぼくを見上げる。一匹がぼくの膝の上に陣取り、頬を寄せ、つぶらな瞳でぼくを見上げ、甘えた声を出した。

 [1]

　ニャーゴ、ニャーゴ。両手にスプーンとフォークを持ったまま、すっかり身動きが取れなくなってしまった。手を動かすたびに甘えた声が聞こえる。視線を膝に落とすと、いじらしいまでにまっすぐな瞳がぼくを見つめ返している。

　待て待て、ちょっと待て、ゆっくり食事もさせてくれないのか？　ニャーゴ、ニャーゴ。

　一本に伸ばしたら、そのまま地球をぐるりと一周してしまいそうなほど長い長いため息をついた。この島は一体どうなっているんだ？　面白すぎる。

　ねえ神様、あと三日、このぼくにどうしろと？

[1] http://www.transiency.com/images/25pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>猫と女たち 前／ピピ島(2)</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Jul 2003 20:33:22 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　リゾートアイランドの類に漏れず、ピピ島もまたハイコストな島だった。ビーチ沿いの瀟洒なコテージの中には、１泊3,000バーツ（≒9,600円）を超えるものもあった。かといって巨大な資本を投じたホテルが...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　リゾートアイランドの類に漏れず、ピピ島もまたハイコストな島だった。ビーチ沿いの瀟洒なコテージの中には、１泊3,000バーツ（≒9,600円）を超えるものもあった。かといって巨大な資本を投じたホテルが建ち並ぶわけでもなく、長閑な島の暮らしもわずかに残っていた。

　船着場からかなり歩いた山間の宿に決めた。ツーリスト向けのレストランとローカル向けの食堂がほぼ同じ割合で寄り添っているような場所だ。目の前の道を更に登れば、ビューポイントに着く。海までは距離があったが、静けさに価値を置くのであれば、これといった不満は無かった。

 [1]

　とはいえ、ぼく自身がこの宿を決めたわけではない。結果的に、そうなってしまったのだ。

　荷物を背負いながら初めての土地を歩くことは、それなりに体力を消耗する。歩くことに嫌気がさし始めた頃、タイミングよくタイ・マッサージ屋の女性に呼び止められた。「ねえ、そこのかわいい子」と。

　ぼくのどこら辺が「BOY」なのかは分からなかったが、そのまま、勢いに任せて荷物を預かってもらうよう頼んだ。「休んでいきなさいよ」そう彼女は言った。

　マッサージ屋には３人の女性がいた。もうとっくに旬は過ぎてしまったような、けれど人懐こくて陽気な、愛らしい女たちばかりだった。

　彼女たちのブロークンな英語を何とかつかまえながら、どこの土地でも繰り返されるようなやり取りを続けた。「どこから来たの？」「日本人？」「一人なの？」「寂しいわねえ」云々。

　ぼくが宿を探していることを知ると、彼女たちは何の躊躇いもなく、こぞって向かいの宿に押しかけていった。タイ語はまるで分からなかったが、仕草や口ぶりから、どうやら「あの日本人を泊めてあげなさいよ。ねえ、もうちょっと安くならないの？」といった内容を伝えていることは明らかだった。

　一人ぽつんとマッサージ屋の店先に取り残され、そんな彼女たちの姿を見ていた。おかしなことになった。何かが根本的に間違っている。確かにタイ語は分からなかったが、ぼく自身が英語で交渉すれば足りることだ。だいいち、向かいの宿に泊まりたいだなんて一言だって言っていない。

　ひとしきり交渉を終え、妙に満足気に戻ってきた彼女たちが口にしたのは、ちょっと耳を疑うようなものだった。

「あのね、３泊で３９０バーツになったから。どう？　たいしたもんでしょ？」「そうそう、あの２階の角部屋よ。ファンもあるしシャワーもあるしベッドも大きいし、ね」「早く荷物置いてきなさいよ、それとも私が持ってあげよっか？」

　３泊？　角部屋？　大きなベッド？

　あっけに取られるぼくにはいっさい構わず、いつのまにか二人にぴったりと腕を絡められ、荷物を抱えられ、ほとんど拉致されるような格好でその部屋へ連れ込まれた。待て待て、ちょっと待て、３泊って何？　お金は後でいい？　いや、それより、どうして腕を絡めてるの？

　連れてこられた部屋は、けれど、思いのほか清潔で広々としており、水シャワーの勢いもよく、テーブルや簡素な衣装掛け、枕元には小さなスタンドまでがあった。

　問題ない。というより、一人身のぼくにとっては充分すぎるほどだった。ひとまず荷物をテーブルの下に放り込み、ほっとため息をついた。いささか強引ではあったが、とにかくこの部屋に決めよう。３泊？　それも仕方がない。不快な汗をさっぱりと洗い流して、ふたたび島を歩いてみよう。そうだ、前向きに行こうじゃないか。

　そうと決まれば、さっそくシャワーを浴びよう、と思った。もう一度、心の中で繰り返す。よし、これからシャワーを浴びよう。ぼくはシャワーを浴びる。さて皆さん、そろそろ出て行ってもらえないでしょうか？

　背後から女たちの陽気な笑い声が聞こえた。見ると、大きなベッドの上で三人が見事に川の字になって寝そべっていた。子供のような無邪気な笑い声をあげながら。ちょっと待て、どうしてベッドに寝てんの？　そのセクシーポーズは何？　いやいや、「カモ～ン！」って、そんな。

　丁重にお引き取り願おうと思い、冷汗をかきながらこんなことを言った。「あのね、汗かいたからシャワー浴びたいんだけど」

「？？？」

「いや、だからシャワーを浴びようかなって。そう、今から、こう……」ある程度は予想していたが、返ってきた言葉は、やはりこんな感じだった。

「じゃあ一緒に入りましょうよ、ね、みんなで」「そうよそうよ私たちが洗ってあげちゃうわよ、ね～？　みんなで、ね？」「あらやだ、照れてるの？　かわいいわぁ」

[1] http://www.transiency.com/images/24pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>嵐の中を／ピピ島(1)</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Jul 2003 19:55:53 +0900</pubDate>
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		<description><![CDATA[「ただ、砂浜に寝転ぶだけでいい」
　クアラ・トレンガヌの宿で言葉を交わした英国人のアレックスは、そう言って片目をつぶった。ピピ島。映画『ザ・ビーチ』の舞台になった島だという。憧れや期待があったわけでは...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[「ただ、砂浜に寝転ぶだけでいい」

　クアラ・トレンガヌの宿で言葉を交わした英国人のアレックスは、そう言って片目をつぶった。ピピ島。映画『ザ・ビーチ』の舞台になった島だという。憧れや期待があったわけではなかった。だれもが美しいと謳う景色であっても、それはいつだって個人的で、もっと密やかなものだと思うからだ。アレックスの感じたきらめき、熱、匂い。

　「寝転ぶだけでいいんだ」とアレックスは繰り返した。「何も要らないよ、ただ寝転んで空を見上げる。こんな素晴らしいことってないだろう？」

　クラビ行きのバスが目指したのは、町の中心地ではなく、ピピ島行きのボートが出る船着場だった。アスファルトに降り立ったとき、足許の影があまりに短かった。見上げると、断定的な熱帯の陽射しが大地を照らしていた。サングラスを掛け、もう一度太陽を見上げた。ぼくのかたちを切り抜こうとする、その光の粒を思った。

　迷う間もなくチケットを求め、スピードボートに乗り込んだ。当たり前のようにピピ島へ向かおうとしている自分が可笑しかった。行こうだなんて気持ちは、さらさらなかったはずなのに。ふと、アレックスの言葉が蘇った。ただ砂浜に寝転ぶだけでいい。そうかもしれない。自然と笑いがこみあげてきた。

 [1]

　順調に滑り出したはずのスピードボートは、けれど、途中で激しいスコールに見舞われた。面白いようにボートは揺れ、高くせりあがった波涛が船腹を強く打った。客室に異様なざわめきが起こり、苛立たしげな声や不安のかたまりが薄い煙のように船内を覆った。

　バシッ。不審な衝撃音とともに悲鳴が上がった。声のした方を見遣ると、窓ガラスに大きなヒビが走っていた。バシッ、バシッ。音は鳴り止まなかった。左右の窓という窓のほとんどに次々とヒビが入った。空は濃い灰汁色の雲に包まれ、鋭い稲妻の閃光が絶え間なく海面を叩きつけていた。

　「ライフジャケット！」そう叫ぶ女の声が聞こえた。船内は一時パニック状態に陥る寸前にまでなった。許容を遥かに超えた横波に襲われたからだ。乗客の多くは立ち上がり、我先にと後部出口へ集まり始めた。ボートはいまだ激しく揺れている。

　二人の子供を抱きかかえながら、精悍な顔つきの若い父親が大声で何かを言った。それは多分ドイツ語だったのだろうと思う。子供たちは目をきつく閉じ、父親の胸にぎゅっとしがみついていた。もう、状況はそんな段階にまで達しているのかと思った。ふと、腕に冷たいものが当たった。すぐ横の窓ガラスから海水が流れ込み、ぼくの荷物を水浸しにしていた。

　こんな状況の中にあって、でも、どうしても彼らのようには深刻になれない自分がいた。不思議なくらいに冷静な気持ちだった。運命を弄んでいる。そんな、冷めた絶望があったのかもしれない。客室に置かれたモニターで、ＭＴＶのビデオが流されている。ぼんやりと、エミネムの歌う姿を見つめた。

　嵐を抜けて島の姿が見えた時には、もう雨は小降りになっていた。着岸間近になって、ようやくそのヒビ割れた窓ガラスを開けて海の色を見ることができた。これまでに見たことのない、深い深い海の色をしていた。ずいぶんと遠くまで来てしまったのだと思った。

　ボートを降りる頃になって、なんとなく、自然に、視線の合った乗客と目だけで笑いあった。そこには難を逃れた者同士の、言い知れぬ親近感があったのかもしれない。

　桟橋に降り立ち、熱心な客引きたちに囲まれながら前に進んだ。奇しくも、最初に目に飛び込んできたのは「セブンイレブン」の看板だった。再び笑いがこみあげてきた。何も考えずにとにかくビールを飲もう、それも今すぐ。熱心にピピ島行きを勧めたアレックスの顔を思い浮かべた。

「なあ、アレックス。君はひとつ言い忘れていたみたいだよ。ただ砂浜に寝転べばいいってわけじゃない。冷えたビールを持って、だろ？」

　旅に出て、心の底から笑えたのはこれが初めてだった。

[1] http://www.transiency.com/images/23pl.jpg]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>君に会いに行く／スラー・ターニー(2)</title>
		<link>http://www.transiency.com/36</link>
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		<pubDate>Sun, 27 Jul 2003 21:11:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　手元に数枚のスナップ写真があった。
　まっすぐに伸びる線路の上を軽やかに歩き、ふと後ろを振り返る小さな女の子。大きな洗面器に水が張られ、その中にぽつねんと座る男の子。光が、斜めになって男の子の肌に降...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　手元に数枚のスナップ写真があった。

　まっすぐに伸びる線路の上を軽やかに歩き、ふと後ろを振り返る小さな女の子。大きな洗面器に水が張られ、その中にぽつねんと座る男の子。光が、斜めになって男の子の肌に降り注いでいる。

　写真には一通の手紙が添えられていた。送り主は２０歳の日本人の青年だ。そして今、ぼくは彼に託された写真と手紙を、この子供たちのもとへ届けに行こうとしていた。

 [1]

　青年と最初に出会ったのはマレーシアのマラッカだった。大阪港から新鑑真に乗って旅を始め、すでに３ヶ月が経っていた。若さの中に、包み込むような優しさと静かな強さがあった。写真を撮りため、詩を書きためていた。町の息遣いと確かな足取りが、そこには溢れていた。

　彼は時計回りにマレーシアを回り、このまま北を目指すと言った。ちょうどぼくと反対のルートだった。けれどこの時点で、ぼくにタイを回る予定はなかった。ペナン島からフェリーでインドネシアのスマトラ島へ渡る。そればかりを考えていた。

　２度目に出会ったのはバンコクの雑踏の中だった。約束したわけでもなく、そもそもぼくがバンコクにいることすら予定外の話だったが、偶然の重なりの中で再び言葉を交わすことができた。まるで昨日の続きみたいに。

　そして、彼の意思を届けに、南を目指すことにした。写真の中の子供たちはスラー・ターニーという町にいる。それだけを胸に、この町を目指した。

　チュムポーンから乗り合いバスでスラー・ターニーに着いた。鉄道駅近くのゲストハウスと教わっていたが、バスが向かったのはスラー・ターニーの中心にあるバスターミナルだった。ひとまず宿を決め、駅までの道のりを訊ねた。２０キロほど離れた場所にある、それが答えだった。

　翌朝、スラー・ターニー駅へ向かうバスに乗った。運賃１０バーツ。開け放された窓から、埃っぽい、けれどじっとりと湿気を含んだ熱風が吹きつけてくる。肌に残るざらついた感触に耐えながら、窓の外を眺めて過ごした。

　宿はすぐに見つかった。二人の子供の写真を手に尋ねて回ったからだ。

　「SABAI SABAI」という名のゲストハウスには、確かに写真の中の子供たちがいた。母親に数枚の写真を手渡し、青年の手紙を広げて見せた。バンコクで出会って、ここまで届けに来たんです、と。

　母親は驚いたように声をあげ、くしゃくしゃの笑顔を見せた。心の底から喜んでくれたようだった。その足で、写真立てを買いにいかなきゃ、とまで言った。そして青年のことをとてもよく覚えてくれていた。

「背が高くて、ほっそりした子だったよね、そうそう、何枚も写真を撮ってくれてたの、優しい子だった」母親は流暢な英語でそう言った。想いをつなげられたことが、自分のことのように嬉しかった。

　上の女の子を抱き上げ、「君に会いたかったんだよ」とぼくは日本語で言った。彼女はぼくの頬に手を伸ばし、にっこりと笑った。

[1] http://www.transiency.com/images/22pl.jpg]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>一人の儀式／スラー・ターニー(1)</title>
		<link>http://www.transiency.com/35</link>
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		<pubDate>Sat, 26 Jul 2003 23:32:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　チュムポーンからミニバスに乗ってスラー・ターニーへ着いた。ほんの、２時間の道のり。
　見知らぬ町へ降り立つことへの不安は、もうあまり感じなくなっていた。右も左も分からぬまま町を歩き、建物の形や交差点...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　チュムポーンからミニバスに乗ってスラー・ターニーへ着いた。ほんの、２時間の道のり。

　見知らぬ町へ降り立つことへの不安は、もうあまり感じなくなっていた。右も左も分からぬまま町を歩き、建物の形や交差点の風景を、頭の中で重ねていく。今日の宿を決め、手ごろな食堂を見つけて空腹を満たす。そんな行為を通して作り上げた地図には、空と、雲が、動作する模様として描かれ、ぼくもまた動く点となって存在する。

　スラー・ターニーの町は、これまで訪れたどの町よりも雑然とした印象を受けた。道幅はそれほど広くなく、ひしめきあうように連なる商店の足元には、光と影の強烈な陰影が染み付いていた。感じたのは不思議な懐かしさだった。世界がまだ自分の歩ける範囲でしかなかった頃、誰かに手を引かれて歩いた遠くの町は、たしか、こんな場所ではなかったか。

 [1]

　通りの向こうにタイ仏教の寺院が見えた。美しくも厳しいその佇まいに、改めて異国にいることを知った。どこまで行っても、すれ違う人々や見慣れぬ看板の文字に、ぼくの記憶と重なるものはない。それでも今、ぼくはこの町に含まれている。

　強烈な陽射しを受けながら、宿を探すために歩いた。しばらく歩いた後で分かったのは、ぼくのような旅行者が泊まれるゲストハウスは存在しないということだった。何人もの人に英語で問いかけ、タピー川の川べりに一軒だけゲストハウスがあることを知ったが、残念なことに改装工事中で泊まれる部屋はなかった。

　途中、一軒の旅社に足を運んだ。レセプションにいた女性は親切で、この町の宿について色々と教えてくれた。ゲストハウスがないこと、100バーツ以下で泊まれる部屋なんて耳にしたこともないこと、だいたいどの旅社も最安値が180バーツになっていること。

　旅社の間にも小さなルールがあるのよと、女性はまるで子供に言い聞かせるみたいに言った。

　ぼくがほとんどタイ語を解さないことが分かると、女性はいくつかのタイ語のフレーズを教えてくれた。不器用に発音を繰り返すたびに、彼女の笑顔はいっそう温かなものに変わった。

　それでも、どうしても提示された値段に躊躇してしまい、ぼくはもう少しだけ宿探しをしたい旨を伝えた。駄々っ子みたいな申し出に、女性は困ったような表情を見せた。けれど、彼女の口から発せられたのは、ぼくを引き止める言葉ではなかった。デスクの脇に山積みにされたランブータンを袋に詰めると、女性は笑顔で言った。「喉が渇いたら食べなさいね」と。突然の出来事に戸惑っていると、女性はまた言い聞かせるように言った。「いいから持って行きなさい。どうか、いい宿が見つかりますように」。

　言われるまま、優に１ｋｇはあるランブータン入りの袋を手渡され、教わったばかりのタイ語で感謝の意を伝え、その足で再び宿探しに向かった。１時間ほどかけて数件の旅社を回ったが、彼女の言うとおり、どこも180バーツが最安値だった。通りを歩く人々にも尋ねて回ったが、ゲストハウスという言葉すら解さない人もいた。旅行者を相手にしているだろうタクシーやバイタクの青年たちも、皆一様に首を振るだけだった。

　結局、ランブータンをくれた女性の旅社に戻った。ぼくが再び顔を出すと、女性は満面の笑みで迎えてくれた。思わずぼくは日本語で「ただいま」と言った。彼女の笑顔は、子供の帰りを待つ母のようであった。

　通された部屋は、きちんと値段に見合った部屋だった。シャワールームには石鹸もバスタオルもあり、ベッドのシーツは清潔でシワひとつなく、片隅には小さな鏡台と書き物机まで用意されていた。こんな部屋らしい部屋に泊まるのは、旅に出て初めてだった。

　温かなシャワーを存分に浴び、柔らかなバスタオルで身体を拭いた。ランブータンをひとつ口に入れ、すっかり生温くなったミネラル・ウォーターを一気に飲み干した。ふうっと息をこぼすと、肩の荷が下りたかのように全身が軽くなった。

　生乾きの髪のまま夕暮れ時の町をぶらついた。冷房設備のない寂れたスーパーマーケットを歩き、ちらほらと立ちはじめた夜市の露店を眺め、目についた食堂で、家族連れに混じりながら小皿のグリーンカレーを食べた。湿った髪が夕暮れ時の風に触れ、さらりと額に落ちた。その髪をかきあげもせず、黙々とスプーンを動かし続けた。やわらかな風の中で食べる食事は、そのまま心に沁みていくような、そんな優しさに満ちていた。

　気持ちは、すっかり穏やかなものになっていた。温かな笑顔に触れ、懐かしさに満ちた町を歩き、家族連れに混じって食事をしたこと。頬に触れる風はどこまでも親密で優しかった。もし今日で世界が終わるのなら喜んでそれを受け入れようと、そんな気分にさえなりそうだった。

　ふと、この町で儀式めいたことをしようかと思った。ぼくだけの、ひとりきりの。

　通り沿いの小さなコンビニに立ち寄ってチャーン・ビールを２缶買い、そばの屋台で、熱々の鶏の串焼き、手羽、腸詰、小イカを買った。ビニール袋に無造作に入れられたそれらは、上からたっぷりと唐辛子ソースが掛けられ、生のキャベツがどっさり添えられていた。

　部屋に戻り、書き物机にそれらを並べ、目を閉じて小さく祈りの言葉を呟いた。宗教を持たないぼくにとっては、祈りの言葉に神の名が登場することはなかった。いや、本当の意味では祈りの言葉ですらなかった。自分の好きなものを、ひとつひとつ、順番に並べていくだけだ。

　最初に、青空、と言った。次に、雨。それから、雲、風、太陽。海に、砂浜に、土の匂い。もう一度、今度は、夕焼け空、と呟き、続けて、笑顔、人、温もり。そこまで言ってしまってから、ぼくは最後にこう付け加えた。異国で飲むビール、と。

　両目を開け、小さく両手を合わせてから、既にうっすらと表面に汗をかいた缶ビールを勢いよく喉の奥に放り込んだ。喉をすべる苦味と炭酸が、暴力的なほどに心地良い。深く、ゆっくりと息を吐き出し、もう一度ぼくは目を閉じた。

　やっぱり、旅に出て良かったのかもしれない。今のぼくなら、本当に自分が好きなものを、こうやって取り出して誰かの目の前に差し出せる。

　それは、ぼくにとっては大きな一歩だった。

[1] http://www.transiency.com/images/21pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>何者でもなく／チュムポーン</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Jul 2003 23:26:26 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　午後１時発の長距離列車に乗った。行き先はチュムポーンという町だ。この町に何か目的があるわけではなかった。到着時間が午後９時過ぎだということを、ファランポーン駅の時刻表で知った。この時間ならまだ宿探し...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　午後１時発の長距離列車に乗った。行き先はチュムポーンという町だ。この町に何か目的があるわけではなかった。到着時間が午後９時過ぎだということを、ファランポーン駅の時刻表で知った。この時間ならまだ宿探しもできるだろう。ただ、それだけの理由だった。

　車内で隣り合わせたのはＵＫ出身のナダという女性で、彼女の行き先もまたチュムポーンだった。それほど熱心に言葉を交わしたわけではない。ぼくは与謝野晶子の『みだれ髪』を、彼女はユン・チャンの『ワイルド・スワン』を読んでいた。時折、ページをめくる彼女の肩が、ぼくに触れた。

 [1]

　列車は定刻よりもだいぶ遅れてチュムポーン駅へ滑り込んだ。時計はすでに夜の１０時を回っていた。好からぬことの方が往々にして的中するものだ。遅延。とにかく、ここから宿を探さなければならない。

　降りる間際になって、彼女に「今夜の宿は決めているの？」と訊かれた。決めてはいなかった。タイに関するガイドブックすらぼくにはない。状況は彼女もほぼ同じで、手許にはバンコクで買い求めたというマレー半島の地図があるだけだった。

　チュムポーンの町は大規模な道路工事が行われており、まともに歩ける部分がほとんどなかった。小雨まで降り出していた。アスファルトの剥がされた瓦礫の道を不器用に歩いた。水たまりとすら呼べないほどの雨水が、舗道の窪地に溜まっていた。ふいに伸ばした僕の手を、いつのまにか彼女は強く握り返していた。

「トレッキングに来てるみたいだね」と笑いながら言った。彼女の横顔に、柔らかな笑みがこぼれた。

　歩きながら、初めてお互いの名前を教え合った。彼女は、自分の名前をナダと言った。Nada。アラビア系の褐色の肌に、彫りの深い面差し。ときおり見せる子供のような無邪気な笑顔が印象的だった。私の名前は「Nothing」という意味なの、と彼女は付け加えた。"Nada" means "Nothing" in Spanish.

　彼女の名前を知ったとき、ぼくが咄嗟に思い浮かべたのも、それと同じ内容のものだった。

　Nada means Nothing. 私は「何者でもない」、と。

　学生の頃、ヘミングウェイの短編をいくつか翻訳したことがあった。その中のひとつにキーワードとして出てきたのが、このスペイン語の単語だった。ナダ。私は何者でもない。けれど今、こうして彼女の手を握りしめながら、ぼくはその温もりを確かなものとして感じ取ることができた。彼女の黒く大きな瞳は、確かにぼくに微笑みかけていた。

　チェックインしたのは「INFINITY」という名前のゲストハウスだった。２ベッド１ルームで１００バーツ。部屋をシェアすることで一人５０バーツになった。そのことで、ふたりで顔を見合わせて笑った。

　荷物を降ろし、交互にシャワーを浴び、ふたたび手を取り合って瓦礫の道を歩いた。ネットカフェを探し、コンビニでビールを買い求め、宿に戻ってナッツと揚げ菓子を分け合って食べた。彼女はいつもぼくのそばに寄り添うようにいた。

　彼女は、宿のアレンジでパンガン島へ渡ることを決めた。出発は明日の朝だった。タオ島の南、サムイ島の北に浮かぶ島だということを知った。ダイビングのライセンスを持つ彼女から、一緒に島へ渡ろうと誘われた。あなたと一緒に、と。

　その誘いは嬉しかった。一緒に島へ渡れたらどんなに楽しいだろう、と。けれど、心のどこかで、その行為の先にある何かに踏め込めない自分がいた。もう別れたくないと思った。旅を続けるのは、さよならを言い続けるのに似ていた。まるで区別がつかないぐらいに。出来ることなら、もう誰にもさよならを言いたくないと思っていた。

　身勝手だった。けれどぼくはその誘いを断ることに決めた。きちんと彼女の目を見つめ、思いを言葉に替えた。一緒に島へ渡ることはできない。ぼくはこのまま南へ行く。

　彼女は唇を噛んだが、けれど何も言わなかった。代わりに彼女が言ったのは「朝早くピックアップのバスが来てしまうから、きっとあなたを起こしてしまう」そんな彼女なりの気遣いの言葉だった。

　長い移動の疲れもあり、ビールの程好い酔いを借りてベッドに横になった。灯りを消した部屋の中でも言葉を交わした。彼女はいつでもぼくの拙い英語に熱心に耳を傾け、穏やかな声で、ゆっくりと話をした。

「あなたと出会って、なんだか日本に行ってみたくなった。友達が東京で英会話の講師をしてるから、私もそれで暮らしていけたらって思う」

「列車で私のバックパックを荷棚に上げてくれたでしょ？　とても嬉しかった。少しの間だったけど、一緒に歩いてくれたり話を聞いてくれたり。私は、あなたの優しさが好きだ」そう彼女は言った。声が微かに震えていた。窓の外から、トッケイとヤモリの声が、何かの終わりみたいに激しく聴こえた。

　朝、宿の主人の叩くドアのノックで目を覚ました。まだ彼女は眠っているようだった。彼女を起こさないようにそっとドアを開け、シャワーを浴び、コンタクトレンズを装け、歯を磨いた。ジーンズを穿いただけの格好で外のテーブルに座り、ボトルに残っていた水を一気に飲み干した。

　部屋へ戻ると彼女はちょうど荷造りを終え、バックパックを背負うところだった。彼女はぼくに微笑み「またいつか、どこかで会えたら」と言った。その言葉とほとんど同時に、彼女に強く抱きしめられた。裸の背中に、彼女の手のひらの熱が伝わった。悲しい温もりだった。彼女はぼくの胸に耳を当て、そっと目を閉じて「さようなら」と言った。

　腕の中で、彼女の身体が小さく震えているのが分かった。

[1] http://www.transiency.com/images/20pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>流れ星／バンコク(5)</title>
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		<pubDate>Wed, 23 Jul 2003 22:15:10 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　初めて声を交わしたとき、彼女は左手首につけたリストバンドをしきりと気にしていた。それだけで、ぼくは彼女の抱える何かを感じ取ってしまった。彼女はリストカットを繰り返す人間だった。
　最初に話をしたその...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　初めて声を交わしたとき、彼女は左手首につけたリストバンドをしきりと気にしていた。それだけで、ぼくは彼女の抱える何かを感じ取ってしまった。彼女はリストカットを繰り返す人間だった。

　最初に話をしたその何十分後かに、彼女はぼくの前で声を上げて泣いた。ぼくを優しいと言い、こうして隣りに居てくれるだけで涙が止まらない、と。

 [1]

　誰かの痛みを受け止めるだけの器はぼくにはなかった。受け止めるなんてできない。けれど、彼女の苦しみや痛みを感じることはできると思った。自分を責めることでしか乗り越えていけない。そんな人間同士だったからだ。

　雨宿りを兼ねて入った食堂でも、返せる言葉はほとんどなかった。じっと耳を傾け、ぽつり、ぽつりと回り道をしながら語られる彼女の話を自分自身に重ねた。上手に重なった部分だけを自分のものとして受け止めようとした。彼女の感じる痛みは、ある意味でぼく自身の痛みでもあった。

　二人で安物のアクセサリー屋をいくつも回った。そういった店を見つけては立ち止まり、値段を訊ね、時には値引き交渉をし、また歩き始めた。どんな店でも、ひとつよりふたつ買うことを前提で交渉する方が楽だった。２軒の店でネックレスとブレスを２つずつ買った。ブレスは二人で同じものを選んだ。買ったその場ですぐに身につけ、また雨宿りをしながら、そっと、途切れ途切れに言葉を交わした。

　旅の途上にあるぼくにとって、できることは限られていた。いや、彼女のためにできることは何ひとつなかった。抱きしめることも、与えることも、何かをもたらすことも。だからこそ、自分自身のために、彼女と揃いのブレスをして残りの旅をしようと思った。そうすることで、彼女をずっと先まで覚えていよう、と。思いを残したまま立ち去ることの方が、そうせずに突き進むよりもつらいだろう。だからこそつらい方を、思いを残したまま立ち去る方を選ぼうと思った。

　彼女はあさっての夜に空港へ向かう。その前にここを離れることに決めた。ひとりぼっちの旅に戻らなければならない。

　＊

　バンコクで丸一日を過ごす最後の日は、朝から雨が降っていた。止む気配のない本格的な雨だ。バンコクの雨の匂いには、日本のどの町でも嗅いだことのない寂しさがあった。奇妙な熱気を帯びた冷ややかな雨。その雨の向こうに、貧しさと豊かさが隣り合わせている。

　一日のほとんどを彼女と共に過ごした。旅を終える彼女の買い物にずっと付き添っていた。海賊版のＤＶＤやＣＤを見て回り、アクセサリー屋をのぞき、バスに乗って伊勢丹へも足を伸ばした。

　彼女の左手首にあるリストバンドはバンコクで買ったものだった。その同じ店で、ぼくは自分のために同じものを買うことにした。揃いのブレスと、リストバンド。その場で封を開け、右の手首につけた。そして昨日どうしても言えなかった言葉を彼女に伝えた。

　残りの旅、このふたつを連れて進んでいく。今日を、ずっと覚えていようって思う、それがぼくにできることだと思うから。

　小さな声で、彼女は「ありがと」と言った。もう、それだけで充分だった。

　最後に入ったＣＤ屋で、彼女はぼくに何か１枚選んでほしいと言った。「洋楽、分からへんから」。所狭しと並べられたカラーコピーのＣＤジャケットをめくりながら、彼女のために一枚を選んだ。ミッシェル・ブランチの『The Spirit Room』というアルバム。その中の３つの曲を指差し、覚えていてほしいと伝えた。

　『Everywhere』『All You Wanted』『Goodbye To You』

　ぼくらがバンコクで出会ったこと、明日の朝、また別の方向へ歩き出すということ、もう二度と会うことはないだろうということ、そのすべてをこの３曲のタイトルに込めた。彼女になら伝わるだろうと思った。

　Goodbye to you, goodbye to everything that I knew.

　あなたにさようなら、私の中にあるすべてにさようなら。

　そして曲は、こんな囁き声で終わっている。

　You're my shooting star. あなたは私の流れ星だ、と。

　きっと、そうなのだろう。ぼくらは誰も、一瞬で消えるあの流れ星のような存在に過ぎない。願いを託し、そしていつか願いを託したことすら忘れてしまう、そんな存在に過ぎない。天を渡るあの光ひとつひとつが持っているのは、「今」という、ほんのつかのまのきらめきだけだ。

　これからも、きっと、この先もずっと。

[1] http://www.transiency.com/images/19pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>眼差しの先に／バンコク(4)</title>
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		<pubDate>Tue, 22 Jul 2003 21:42:14 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　カオサン通りを歩いていた。目的は、バンコク発の航空券を見て回るため。
　ふと、この街に着いた時から、バングラデシュへ飛ぼうかという思いがあった。なぜ脈略もなくバングラデシュなのか。理由は自分でもよく...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　カオサン通りを歩いていた。目的は、バンコク発の航空券を見て回るため。

　ふと、この街に着いた時から、バングラデシュへ飛ぼうかという思いがあった。なぜ脈略もなくバングラデシュなのか。理由は自分でもよく分からなかった。呼ばれている。ただ、そんなふうに感じた。その直感を大切にしたいと思った。

　旅行代理店の看板に目を遣りながら、これまでに仕入れた航空券の金額を反芻した。ビーマン・バングラデシュ航空の11,600バーツ（≒37,120円）が現時点での最安値。空港使用税と保険料が付加されて、およそ４万円といったところだろう。

　意識がバングラデシュに集中していたからか、右目が代理店のガラスに記された「DHAKA」（ダッカ：バングラデシュの首都）の文字を認識した瞬間、身体はすでに店内へ向いていた。でも、それと同時に、左目がかすかに何かを捉えた。その何かは一瞬でぼくの横を通り過ぎ、不確かな残像だけが網膜に沈んだ。

　とっさに振り返り、ぼくはその背中へ向けて叫んだ。マラッカで同宿だった、あの二十歳の青年の名を。

　＊

　ほぼ同時にマラッカを離れたぼくたちは、今後の大まかな旅のルートについても話していた。彼はこのまま、時計回りにマレー半島を北上する。ぼくは反時計回りにマレー半島を回り、タイ南部の町を経由して再度マレーシアのペナン島へ。そこからフェリーでマラッカ海峡を越えて、インドネシアのスマトラ島に向かう予定だった。

　日程を考えてみても、ぼくらがもう一度どこかで出会えそうな感じはなかった。彼が通り過ぎた町を数日遅れで訪れ、ぼくはそのまま南を目指す。

　所持していたマレーシア航空のチケットは90日のオープンジョーで、クアラ・ルンプールIN、バリ島デンパサールOUTとなっていた。観光ビザを取得せずにインドネシアに滞在できるのは60日間だったから、逆算するまでもなく、インドネシアに入国するのは８月以降でなければならなかった。

　それがぼくの、この旅の唯一の予定だった。

　しかし、思惑よりも随分早くマレーシアを抜けてしまったぼくには、どこか別の場所での足踏みを必要としていた。例えば、バンコク。例えば、ここから更に南に位置するタイの諸都市。あるいは、バングラデシュ。

　＊

　再会を喜び、そのまま青年の泊まっているドミトリーへ案内された。彼の取りためた写真を見せてもらうためだ。マラッカで出会ったとき、彼は確かこう言っていた。「バンコクまで行ったら安く現像できるかもしれない。いつか写真を見せられたら」と。

　カンボジア、ベトナムで撮った写真の束を、一枚一枚、確かめるように見つめた。ぼくが、ほとんどと言っていいほど人物を写せずにいるのとは逆に、彼の写真には人の姿が多く写っていた。その眼差しはまっすぐで、温かなものだった。

　思いつめるたような視線を投げる少女。岩陰で崩れるように佇む老人。孫を抱き上げ、慈しむような眼差しでその姿を見守る老婆。盲目の楽団。

　その中の一枚を、まるでお守りのようにぼくにくれた。二人の少女が並んで立ち、一人はカメラを睨みつけ、もう一人は彼女にやさしく微笑みかけている。その眼差しと、いま、ここにいる、という喜び。セピアのフィルムで撮影されたその写真は、まるで記憶の奥底に漂う遠い日の憧憬のようであった。

「揺るぎなき透徹　衒いなき友愛」

　彼は、写真の裏にそう記してくれた。日付と、彼の名前とともに。しなるように描かれた、彼の力強い筆跡には、まっすぐに何かを見つめるのだという、そんな、静かな決意が滲んでいた。]]></content:encoded>
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		<title>旅する本／バンコク(3)</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Jul 2003 22:04:27 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　雨季のはずが、タイ人に言わせても異常なほどの晴天が続いた。
　バンコクに入って以来、観光地らしき場所にはひとつも行っていなかった。煌びやかな寺院も、水上マーケットも、ムエタイ観戦も、今は熱い湿り気の...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　雨季のはずが、タイ人に言わせても異常なほどの晴天が続いた。

　バンコクに入って以来、観光地らしき場所にはひとつも行っていなかった。煌びやかな寺院も、水上マーケットも、ムエタイ観戦も、今は熱い湿り気の先に霞むばかりだ。

　日中の大半を、宿の敷地内にこもって過ごした。半ズボンにサンダルという格好でのんびり洗濯をしたり、天井に取り付けられたファンを「強」にして、その下でうとうとと午睡をしたり。部屋の中にあってさえ、ミネラル・ウォーターの水はぬるま湯ほどの温度にまで上がった。誰かと抱き合っていた方がよっぽど涼しいのではないかと、そんな馬鹿げたことさえ思った。

　煙草を吸いに共用のテーブルへ行くと、多くの日本人旅行者たちも暑さに喘いでいた。「こんな日は何もしない方がいいですよ。熱射病、脱水症状、どっちも、かかる人が多いですから」。くたびれた様子で、一人の日本人がそんな助言をくれた。その通りだろうと、妙に納得した。ぼく自身も含めて、その場に居合わせた誰の声にも覇気がなかった。

　結局、夕暮れ時になっても暑さは変わらなかった。摂氏35度は優に超えていただろう。それでも直射日光がないだけ、まだ楽だった。宿を出て、カオサン通りをゆっくりと歩いた。無駄な体力消費を極力抑えるために。

　暑さで食欲が沸かず、今日一日まだ何も食べていなかったことを思い出し、屋台で大振りなサンドイッチを買った。

　数あるメニューの中からたまごサンドを選んだ。ここは屋台版サブウェイのような業態で、注文後に目の前でサンドイッチを作ってくれる。長さ30センチはあるだろう白パンにナイフが入り、様々な野菜と、スライスしたゆで卵が２個分、さらにマヨネーズがたっぷりとかけられる。食べきれるだろうかと思うほどのボリュームだ。それでも、値段は僅かに40バーツ（≒128円）。

　コンビニに立ち寄ってチャーン・ビールを一缶買い、銀行の階段の隅に腰を下ろして食べた。カオサン通りを行き交う各国の旅行者達の姿を眺めながら、たまごサンドを齧り、ビールをあおり、それから、いつもと変わらぬ空想の世界を漂泊した。例えばもしここにヘミングウェイが居たら、彼はいったいどんな言葉でこの街を表現しただろうか、と。

　彼は、その当時のパリを「移動祝祭日」と表現した。それならば、この2003年という、あまりにリアリティの浅薄な時代において、カオサン通りはいったいどんな場所だというのだろう。しばらく思いを巡らせたが、何も思いつかなかった。

　地べたに置いたビールを一口含んで、小さなため息をひとつ。開封したばかりのビールが、もうすでに生温い。あるいはその熱の確かさだけが、この街の基底を成すものかもしれなかった。

　すっかり食べ終え、目に付いたゴミ箱に缶やら包装紙やらを放り投げてしまうと、また、ゆっくりとカオサン通りを歩いた。見るべきものは特に無く、すれ違う人々の輪郭は曖昧で、なのにこの得体の知れない空騒ぎのような混沌が、すっぽりと通りすべてを包んでいた。ふと、埋没することへの安堵感が心の内に芽生えた。少、ではなく、多に紛れ込む、ということ。そこでぼくは、旅行者という名の一枚の影だ。

　通りの中ほどにある古本屋に入り、しばらく時間を潰した。多くの旅行者が残した文庫本の背表紙を目で追い、いくつかを手に取って中をめくった。読みたい本があるわけではなかったが、こんなふうにして書棚の前で過ごすのは嫌いではなかった。

　ページを開く。小さな書き込みや、三角の折り跡。日付が記されているものもあれば、どこかの街のスタンプが押されているものも。これらの文庫本が歩んできた道のりに思いを馳せ、そっと、心の中で耳を澄ませた。誰かから誰かの手に渡り、それをまた誰かが別の土地で手にし、海峡を越え、いくつもの国境を越え、めぐりめぐって今、ぼくの手の中に。破れたカバーや色あせたタイトルから、かつての持ち主たちの息遣いが聴こえる気がした。

　１冊だけ、そんな文庫本を持って帰ろうと、改めて背表紙を目で追った。手を伸ばしたのは与謝野晶子の『みだれ髪』だった。ページはすっかり茶色く変色し、カバーも無ければ、栞の紐も途中で千切れていた。奥付を見ると、この版は第６版で、発行年度は昭和49年となっていた。

　ぼくの生まれる少し前の本だ。

　与謝野晶子という名前も、その生涯についても、文学史という枠の中での知識しか持ち合わせていなかった。読みたいとも思わなかったし、気に留めたことすらなかった。だから今、この場所で、ぼくはこの本に出会えたのだと思った。

　カオサン通りの道端に腰を下ろし、すぐ後ろのカフェから漏れる淡い光を頼りに文字を追った。深く、息を吸い込むように。ページを繰るごとに、何か、強い力で魂そのものを揺り動かされる気がした。それはきっと、震え、と呼ばれる何かだった。

“そのはてにのこるは何と問ふな説くな友よ歌あれ終（つひ）の十字架”
（与謝野晶子『春思／みだれ髪』）]]></content:encoded>
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		<title>つなぐ、つながる／バンコク(2)</title>
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		<pubDate>Sun, 20 Jul 2003 23:40:16 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　人が誰かと知り合うきっかけに「間違い電話」という選択肢があったとして、それは一体どういう間違いたりうるのだろう。会話なんて、まず成り立たない。
　親しげな言葉を交わすなんて無理だ。「すみません、間違...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　人が誰かと知り合うきっかけに「間違い電話」という選択肢があったとして、それは一体どういう間違いたりうるのだろう。会話なんて、まず成り立たない。

　親しげな言葉を交わすなんて無理だ。「すみません、間違えました」で終わる。つながったばかりの回線は、ザラリとした不信感を残して断絶する。それ以上の何かが起こるなんて、まずあり得ない。

　遡ること数ヶ月、ぼくはタイの国立大学に留学したばかりの友人に、ふと、自室から国際電話をかけた。その頃彼はアパートメントホテルに居を構えており、通話は、フロントに部屋番号を伝えた上でのことだった。不便というわけではなく、海外からしばらく遠ざかっていたぼくにとっては、そんなプロセスにさえ心が躍った。フロント係の英語や、その向こうにかすかに響く異国の物音に、じっと耳を澄ませた。

　その夜も、前回と同じように彼の苗字と部屋番号をフロントに告げた。待つこと数秒。第一声は何にしようかと、そんな戯れに胸を弾ませたりした。トゥー、トゥー、トゥル……。保留音が途切れたそのタイミングで、ぼくは陽気にこんなことを言った。「やあやあ、久しぶり。元気？」と。

　返ってきたのは彼の声ではなかった。不審そうな、けれども丁寧にコントロールされた声。女性は「どちらさまですか？」と簡潔に言った。

　事態を飲み込めないまま、それでもぼくは自分の名をきっぱりと告げ、友人に代わってもらえるようお願いした。お願いしながら、ふと、今のこの状況が意図するものに気付いて頬が緩んだ。「あいつ、もう彼女ができて一緒に暮らしてるんじゃないのか」と。

　勘違いも甚だしい。間違い電話なのだ。純度100パーセントの。

　事情を説明するも何も、前提からしてもう訳が分からなかった。ホテルの名も部屋番号も間違っていない。彼のメールに記された通りにダイアルしたはずだったし、前回もそれで通じていたのだ。そう、前回も。……いや、違う。何かが違う。思い出せ。あれから、もう一通メールが来ていなかったか。

「あっ」と、思わずぼくは女性に向かって叫んでいた。前回も、ではない。前回は、なのだ。

「すみません、間違えました。……ええ、その、ぼくの友人なんですが、数日前に別の階の部屋に移ったって。……はい、そうなんです。……はい、ええ。その番号の部屋に、数日前まで彼が暮らしていて……」

　ぼくはこの失礼をきちんと詫びた。女性は「お気になさらず」と言ってくれた。事情もはっきりしたからだろう、彼女の声音からは強張った何かが消えていた。そう、和やかに電話を切るのには、絶好のタイミング。「それでは失礼します」と言って、受話器を静かに置けばいい。

　けれど、電話はそこでは終わらなかった。

　どちらが次の会話の口火を切ったのかは分からなかったが、気がつくとぼくらは２時間の時差を越えて話し込んでいた。改めて互いに名を名乗り、仕事のことや、彼女のタイでの暮らしのこと、友人とぼくとのつながりについて。果ては気候やら食べ物やら排気ガスのことにまで話は及んだ。優に15分は話していたと思う。

　電話を切るとき、彼女は実に朗らかな声で言った。「それではまたね。おやすみなさい」と。間違い電話の相手が、いまや古くからの友人であった気さえした。礼を言い、もう一度この失礼を詫び、少し迷ってから、ぼくも「おやすみなさい」と告げて受話器を置いた。ミラクル、と思った。こんなことが現実に起こるなんて。

　すぐにメールボックスをソートし、友人のメッセージだけを順に再読した。やはり、部屋の番号が変わる旨が記されていた。小さくため息をつき、しばし自分の粗忽さを憂え、それから再度受話器を持ち上げた。当たり前だ。本来の目的は彼と話すことだったのだから。

　間違い電話の一件を伝え、アフターフォローのお願いをした。彼の力で、この間違いを笑い話にしてもらえたら、と。

　後日談はメールに乗ってやって来た。アパートメントホテルのフィットネスフロアで、二人で夢中になって卓球をやったこと。その後、一緒にぐでぐでになるまでビールを飲んだこと。その女性が実にいい飲みっぷりだったこと、云々。

　新しい飲み友達ができて良かった、サンキュ。そう締め括られた彼のメールには、不思議な可笑しさが溢れていた。それはまるで、平和そのものみたいな情景だった。

　＊

　公衆電話から彼女に電話を掛けると、本当に嬉しそうな声で笑ってくれた。「ついに来たのね、飲みましょう」と。会うのはもちろん初めてだったが、その心配は彼女の一言ですぐに杞憂となった。「身長ね、173センチ。で、6センチのヒール履いてくから、絶対すぐに見つかると思う」。

　そうか、足して179センチ。ぼくとまったく同じ高さになるじゃないか。

　その言葉の通り、待ち合わせたＭＢＫというショッピング・モールで、彼女の姿は目立っていた。背筋をまっすぐに伸ばし、けれど実にリラックスした立ち方で、彼女はぼくを待っていてくれた。小走りに近付いて声を掛け、挨拶をし、それからしっかりと握手を交わした。間違い電話を掛けた相手が、今こうしてぼくの目の前にいて、こうして笑顔を見せてくれている事実が、本当に奇跡のように思えた。

　手始めにＭＢＫの５階のフードコートに入り、氷入りのシンハー・ビールで乾杯をした。現実にこうして会えたことと、あの奇妙な間違い電話の夜に。飲み始めて間もなく、友人も合流してくれ、もう一度お互いにグラスをぶつけた。笑顔に囲まれてビールを飲むことの嬉しさを、旅に出て初めて知った。

　一度その場でお開きにし、友人とぼくとで、今夜のメイン会場へ先に乗り込むことにした。今夜は、激辛で有名なチムチュムという鍋を囲むことになっていた。タイ東北部、イサーン地方の名物料理だという。

　ぽつりぽつりと人が集まり始めた国道沿いの屋台で、間違い電話の彼女と、知り合いの知り合いだという同宿の日本人を待ちながら、改めて友人とビールで乾杯した。６年前の夏も、こんなふうにして彼とビールを飲んだ。互いにまだ学生で、どちらも初めてのインドネシアで、ぼくらは昼間からビールを開けては、尽きせぬ思いに花を咲かせた。

　結局、夜11時頃まで４人でビールを飲み続け、テーブルに乗り切らないほどの料理を食べた。それで一人300バーツ（≒960円）にも満たない金額。もう、値段の感覚がよく分からなかった。

　激辛だというチムチュムのつけダレは、想像以上の代物で、舌が認識するのは辛みより痛みの方だった。それでも、なぜか止まらない。辛い、痛いを繰り返し、大汗をかきながら、また箸が自然に鍋の中へ伸びた。

　途中、家路へ向かう帰りなのか、国道を悠然と歩く子供のゾウが屋台のすぐ横を通りかかった。友人に促されるまま、ゾウ使いからサトウキビを買って与えた。思わず手を伸ばして頭を撫でてやると、ゾウはその優しげな目元を心地良さそうに細めた。笑っているのかもしれない。そんな人間本位の勝手な思い込みすらも、なぜか今は真実のような気がした。

　同宿の彼と連れ立って、ローカルバスに乗ってカオサン通りまで戻った。それぞれの部屋へ戻る際、当たり前のように彼が「おやすみ」と言った。そんな当たり前の言葉が、たまらなく温かかった。今日までずっと、ぼくはこの旅の空で、自分自身に向かってだけおやすみを言い続けてきたからだ。

　おやすみなさい、とぼくも返した。今日という一日が、まるで完全な球体になるかのように。

　安宿のへたったベッドにごろりと横になり、ぼんやりと天井を見上げた。心の中で、何かがカタンと小さな音を立てた。]]></content:encoded>
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		<title>ミラーボール／バンコク(1)</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Jul 2003 23:54:15 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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			<content:encoded><![CDATA[　翌朝、ファランポーン駅で無事に友人と落ち合い、そのままタクシーでカオサン通りへ向かった。バックパッカーの聖地として栄えたのは、もうどれくらい前のことなのだろう。きっと、70年代ぐらいまで遡れるはずだ。訪れるのは初めてだったが、通りの名前だけは何度も耳にしたことがあった。

　バックパックではなく、くたびれたリュックひとつだけで旅に出てしまったぼくに、名立たるホテルに泊まれる余裕などなかった。友人は彼が初めてバンコクで泊まったというゲストハウス（残念ながら、既に取り壊されていた）の近くにある宿に案内してくれた。そこに、共通の知り合いの、そのまた知り合いが長逗留しているという。宿代は個室にも拘らず、僅か80バーツ(≒256円)。もはや、値段ではなかった。

　レセプションとも呼べない簡素なテーブルの前で、友人の操るタイ語を初めて聞いた。どうやら「君も泊まるのかい？」という問い掛けに「違う違う」と答えているようだった。促されるまま宿帳に名前を記し、パスポートを取り出そうとしたところで、その必要はないとあしらわれた。つまり、そういう種類の、すれすれの宿だった。

　それでもここはいわゆる「日本人宿」で、これでもか、というほどの日本人で溢れていた。共用スペースは、まるで運動部の部室のような雑多な雰囲気に満ち、耳に飛び込んでくる言葉の切れ端は、どれも日本語だった。旅に出て初めて「自分は今、日本に含まれている」という感情を覚えた。それは、懐かしさや安堵感ではなく、同族嫌悪にも似た奇妙なねじれだった。

　オフとはいえ色々と多忙な友人を見送り、ひとまず荷物を下ろしてシャワーを浴びた。丁寧に石鹸を泡立て、太陽の熱で温められた水で、身体中のべたつきを丹念に洗い流した。シャンプーが切れてしまっていたから、そのまま石鹸を髪になすりつけて洗った。軋んで指に絡みつく髪の感触は、海辺で過ごした夏の日の手触りに似ていた。

　コミュニティと呼べるほど確固とした枠は無かったのだろうが、この宿をめぐる旅行者たちのつながりの糸は、ぼくには到底把握できないものだった。その糸は時に複雑に絡み合い、もつれ、まるで獲物を待つ蜘蛛の巣のようでさえあった。未だ、その糸の一部を成さないぼくという存在は、端的に言えば、彼らの暇つぶしの慰み程度のものだったのだろう。

　二階の廊下に無造作に置かれたテーブルで休んでいると、この宿に泊まる誰かを訪ねてきたらしい日本人の青年と出会った。幾つかの言葉を交わし、年齢を問われ、28歳だと答えると彼は唇をゆがめて笑った。そして、自分は27歳だと告げると、とたんに言葉遣いが横柄なものに変わった。その豹変振りにいささか言葉を失った。

　これまでの旅のことを、彼は大袈裟な手振りをまじえて話した。「ずっと旅の中にいたいんだよね、分かる？」と。正直、何と答えてよいか分からなかった。ぼくに言えるのは「旅なんていつか終わる」という醒めた思いだけだった。でも、それを口になんて出来なかった。

　期待通りの反応を示さないぼくに、彼は苛立たしげに言葉をつないだ。「何を見てきた？　何を知ってるんだ」と。でも、そんなふうに言葉をつなぐ彼の眼差しには、言いようのない翳りがあった。まるで暗闇に怯える子供のような。

「ずっと旅の中にいたい。旅なんだよ、旅」

　彼は、そう何度も繰り返した。きっと今、その行為がもたらす胸の震えのようなものを、彼は見失っていたのだろう。悲しみとも焦りとも諦めともつかない感情が、彼の眼差しをすっかり支配していた。だからこそ、そのもどかしさをこうやって言葉に変え、会って間もない旅行者のぼくに対してまで、こんな振舞いをしてみせたのだろう。

　言明できない恐れを、彼は何とか振り払おうと藻掻いていた。いや、きっと、「もう戻れない」ということを、彼は既に知ってしまっていたのかもしれない。

　今日は、とことん彼に付き合ってみたいと思った。決して、憐れみなどではなかった。感情がいびつな形にねじれたまま昂ぶってしまうことは、ぼくにだってあった。彼の姿に、何週間か先の自分の姿を重ねた。

　夕暮れまで、近くの食堂でビールをあおった。からのジョッキを手渡され、店の片隅のクーラーボックスからクラッシュアイスを直接ジョッキに詰め込み、冷蔵庫のビールを勝手に開けて注いだ。テーブルにあいたボトルを並べておけば、それで会計が出来るという。それが、この店のルールだった。

　何本のビールを開けたかも分からぬほど、ぼくらは飲み続けた。店にあったピーナツや豚の皮のフライの小袋を勝手に開け、テーブルにばら撒いては貪るように食べた。彼の言葉はいよいよ熱を増し、「お前はどうしてこんなところにいるんだ」と叱責される始末だった。でも、今のぼくにできるのは、この瞬間を受け止めることだけだった。よく見ろ、目の前にいるのは他人なんかじゃない、お前自身なんだ、と。

　店を変えるという彼に従い、ふらふらと通りへ出てタクシーを拾った。彼もまた、それなりに流暢にタイ語を操っていた。どこへ向かうかさえぼくは気に留めなかった。何も求めず、何も指定せず、このまま彼とともに暗い闇の深みに入り込んでしまってもいいとさえ思った。

　結局、彼が３時間もかけて延々とぼくを連れ回したのは、市内に点在する有名な歓楽街だった。ゴーゴーバーと呼ばれる、半裸や全裸の女たちが踊る店を、文字通りはしごをするようにいくつも回った。

　こういった店はもちろん、踊りを眺めることがメインではなかった。店の外へ連れ出し、今夜の相手となる女を品定めするために、男たちは狭苦しい空間で息を潜めている。彼の進むまま、それこそ何百という数の女の裸体を見た。欲望というものを何ひとつ感じることが出来なかった。それらはまるで、ブロイラー工場のラインのひとつのようだった。

　ふと、別のシートに目を遣ると、そこには必ずと言っていいほど日本人の姿があった。目をぎらつかせ、舐めるような視線で女たちの身体をなぞっている。でも、そんな姿にさえ、ぼくは憤りも恥ずかしさも感じることはなかった。彼女たちからすれば、ぼくもきっと、そんな日本人の一人にすぎなかった。

　気の抜けたコーラを飲み、シートに背中を密着させて煙草を吸った。店内に響く凄まじいビートの音さえも、どこか遠い国の出来事のように思えた。

　青年に目を遣って、ぼくは思わず息を呑んだ。彼は、思いつめた表情で天井の一点を睨みつけていた。光も音も、女たちの嬌声も、彼にはいっさい届いていなかった。

　視線の先には、いびつな形にゆがんだミラーボールが、まるで何かの終わりを愉しむかのように、くるくる、くるくると回っていた。]]></content:encoded>
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		<title>一粒の砂／スンガイ・コーロク(2)</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Jul 2003 16:33:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　学生時代にインドネシアのバリ島で出会い、オニオンリングをあてにビールを飲んだ友人がいた。その後、しばらく音信は続いていたのだが、いくつかの食い違いがあり、隔たりがあり、もう半年近くも、互いに連絡を取...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　学生時代にインドネシアのバリ島で出会い、オニオンリングをあてにビールを飲んだ友人がいた。その後、しばらく音信は続いていたのだが、いくつかの食い違いがあり、隔たりがあり、もう半年近くも、互いに連絡を取りあぐねていた。

　ふと立ち寄ったネットカフェでアカウントを叩くと、偶然にも彼からのメールが届いていた。タイムスタンプは前日の夜だ。「そのうち、タイに遊びにおいでよ」と。彼は今、およそ１年のタイ留学を修了し、バンコクでつかのまのオフを過ごしていた。

　今ぼくがタイにいるとは思ってもみないだろうと、思わず頬を緩ませてこんな返事を書いた。「今、実はスンガイ・コーロクにいます。早ければ、明日にでもバンコクまで北上できると思う」。まさか「そのうち」が明日になるなんて、いったい誰が想像できるだろう。

　ネットカフェを離れたその足で、スンガイ・コーロクの駅へ向かった。ここはバンコクへ向かう鉄道の東ルートの最南端の駅だ。窓口へ向かい、少しだけ迷ってから、英語で座席の空き具合を訊いた。「バンコクに一番早く着ける列車を」と訊ねたが、列車は午前と午後の２本だけだという。購入したチケットには、可愛らしいカーブを描くタイ文字と「14：05」という発車時刻が印字されていた。到着は明日の朝「10：35」。ざっと20時間、約1300ｋｍの道のりだ。

　シートには１等個室・２等寝台・２等客車があったが、ぼくの選んだのは最安値の２等客車だった。節約をしたくて選んだわけではなかった。快適とは言い難い移動になることは目に見えていたが、それさえも、今なら受け止められるような気がした。

 [1]

　翌朝は、厚い雲に覆われた熱帯の空の溜まりだった。宿のそばの食堂でエビ入りの麺をすすりながら、いつものようにぼんやりと通りを眺めた。地上には、まったくといっていいほど影がない。それなのに異様なほどの蒸し暑さが全身を覆い、ただ座っているだけで全身から汗が滲み、しずくとなって肌を伝った。自分は今タイにいるのだと強く思った。タイにいるのだ、と。

　長時間の移動に備え、１リットルのミネラル・ウォーターと豆菓子を買い、バンコク行きの列車に乗り込んだ。シートはため息が出るほど硬く、へたっていて、体育館の床で膝を抱えるような気分になった。

　窓際に席を取り、水と豆菓子の入ったビニール袋を足元に放り投げ、しばらく車窓を眺めて過ごした。後方へ次々とめくれていく風景に飽きてしまうと、今度はポケットから文庫本を取り出して読み進めた。列車の揺れの中で活字を追うのに疲れると、今度はまた視線を窓の外に移した。そんなことを交互に繰り返し、次第に傾いてゆく太陽の光に思いを重ねた。列車はまるで、夜へ向けて疾走しているかのようだった。

　夕方５時半に列車はハジャイの駅へ着いた。10分ほどの停車時間に、弁当や惣菜を抱えた売り子たちが声を一斉に張り上げてホームを行き来した。列車の窓から手を伸ばし、発泡容器に入った弁当と焼いたチキンを、それぞれ別の売り子から買った。全部で35バーツ(≒112円)という安さだった。

　駅弁と呼べるほど旅情を誘うものではなかったが、発泡容器の弁当には、蒸したライスの上に、ひき肉とバジルの炒め物が豪勢に乗り、目玉焼きが添えてあった。一緒に手渡されたプラスチックのレンゲで、ぽろぽろとこぼれるタイ米に手こずりながら口に運んだ。まだほんのりとした温かみがあり、味は決して不味いものではなかった。

　合間にチキンにかぶりつき、ミネラル・ウォーターで喉を潤し、また炒め物と一緒にライスを頬張った。初めて食べたはずの料理だったが、噛み締めたライスの甘みが不思議と懐かしかった。

　日没間近の、茜色に染まる大地を見つめながら、いつのまにか小さな声で歌のフレーズを口ずさんでいた。轟音を響かせ、レールの継ぎ目を越えていく車内では、きっと、ぼくの声など誰の耳にも届かなかっただろう。窓枠に頬杖をつき、ため息のように繰り返し歌った。Simply Red の『Say you love me』。

Being one of those grains of sand
I get blown all around the world
And what I make of it
Oh I don't know
What's the meaning of it
Oh I don't know

1998 &#169; Mick Hucknall

　あの砂屑のひとつになって、ぼくは世界へ吹き飛ばされていく。そんな言葉で始まるこの曲を、まさかバンコク行きの列車の中で思い出すとは思わなかった。

　列車が、夜へ向けて疾走する。

[1] http://www.transiency.com/images/18pl.jpg]]></content:encoded>
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		<title>枕の熱／スンガイ・コーロク(1)</title>
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		<pubDate>Thu, 17 Jul 2003 19:14:03 +0900</pubDate>
		<dc:creator>TAIRA</dc:creator>
		
		<category>タイ編</category>

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		<description><![CDATA[　タイ国境に近いランタウ・パンジャンという町へ向かった。今日でマレーシアを抜ける。わずか３週間たらずのマレーシアだった。身体のあちこちには、まだ日灼けの痛みが残っていた。現実の痛み。現実の火照り。肌を...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　タイ国境に近いランタウ・パンジャンという町へ向かった。今日でマレーシアを抜ける。わずか３週間たらずのマレーシアだった。身体のあちこちには、まだ日灼けの痛みが残っていた。現実の痛み。現実の火照り。肌を刺すその確かさを、ずっと先まで覚えていようと思った。

　バスは１時間あまりでイミグレーションに到着した。車窓から空色の建物が見えた。国境。初めて目にする国境だ。誰かにとっての入口であり、出口でもある場所。ぼくにとってあの建物は、一体そのどちらなのだろう。

　荷物を抱え、シートから這い出すように降車口へ向かった。立ち上がる際、隣り合わせた老婦人から、そっとミントキャンディーを手渡された。戸惑うぼくに、彼女は笑顔で「スラマッ・ジャラン（いってらっしゃい）」と言った。さりげない優しさが胸に沁みた。

 [1]

　国境を抜けた先はタイだ。これから国境を歩いて越える。心のどこかでそんな気持ちの高鳴りを期待していた。けれど、何ひとつぼくの内側を震わせ、揺り動かすものはなかった。

　入国してすぐにツーリスト・インフォメーションがあった。タイ文字に懐かしさを覚えたが、この国も人もみな初めてだった。北へ向かう列車の時間を訊ねたところで時差に気付いた。２５時間の、今日。

　タイ側の国境の町、スンガイ・コーロクまで歩いた。１キロ程度だ、と教わっていた。途中、何度かバイタクに声を掛けられたが、歩きたいと伝えると誰もが笑顔でうなずき、それ以上しつこく誘うことはなかった。

　町を歩き、目についた銀行でバーツを手に入れ、その足で宿を探した。タイ語を解さないことに不安があったが、マレー語がいくらか通じた。結局、４件目にくぐった旅社に決めた。板ガラスの窓から、工事の途中で放り出された瓦礫の山が見えた。もし記憶に墓場があるとしたら、きっとこんな光景なのかもしれない。両手にはいつも、すり抜けていったものたちの手触りだけが残る。瓦礫の山は、そんな痛みの姿に似ていた。

　夜の訪れを待って再び通りへ出た。夜風に吹かれながらビールを飲みたいと思った。向かい合う象が描かれたビールを買い、道端に座って飲んだ。思いのほか度数の高いその液体は、けれど、まっすぐ胃の中へ下りていった。安堵にも似た溜息がこぼれた。

　町には肌を露出させた女たちが溢れ、彼女たちの身体を求める男たちの姿もまた、後を絶たなかった。明らかに「買った」としか表現できない奇妙な組み合わせの男女をいくつも目にした。男の多くは華人で、皆なぜか同じような小太りな体型をしていた。そんな彼らに肩や腰を抱かれ、女たちはホテルへ消えてゆく。次から次へと、そんな光景が目の前で繰り返されていった。見続ければ見続けるほど、ぼくの中で、言明できない茫漠とした虚しさが広がっていった。

　舗道の片隅には盲目の老婆がうずくまり、僅かばかりの施しを乞うていた。重ねた両手を額に当て、しきりと何かを呟いている。その傍らを、切